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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)434号 判決

理由

一  当事者口頭弁論の全趣旨及び甲第一号証の一ないし三の記載によると、それが真実控訴会社によつて振出し交付されたか否かは格別、控訴会社を振出名義人とし、訴外第一金属を受取人とする、被控訴人の請求原因一の(一)の(1)(2)(3)記載の各約束手形が振出し交付されたことが認められる。そして右各約束手形が、その受取人第一金属から被控訴会社に裏書譲渡され、右(2)記載甲第一号証の二の約束手形は訴外株式会社佐賀銀行に裏書譲渡されたが、同銀行から再び被控訴会社に裏書譲渡され、同会社が右三通の手形所持人となつて、それぞれ各手形の満期の翌日、支払場所に各手形を支払いのため呈示したが、支払いを拒絶されたことは当事者間に争いがない。

二  甲第一号証の一ないし三中、控訴会社の名称及び取締役社長野田勇名の記名印判と控訴会社の印鑑及び野田勇名下の代表取締役の印鑑が、それぞれ控訴会社の印判、印鑑によつて押印顕出されたものであることは、当事者間に争いがないところ、控訴会社はそれは同会社の被用者である訴外安部武男が右印判、印章を盗用して偽造したものであると主張し、被控訴会社はこれを争うので考察するに、(証拠)を合わせ考えると、本件各約束手形が振出し交付された当時控訴会社は、代表取締役が野田勇で、同人の授権によつて取締役三浦起生が代表取締役の権限を代行し、(同会社には専務取締役、常務取締役の役制はなかつた。)、同取締役が会社の社印(以下甲印と書く)及び代表取締役の印鑑(以下乙印と書く)を保管し、取締役社長野田勇と刻してある印判(以下丙印と書く)は、経理事務を担当していた猪股重喜が保管し、手形の振出しは三浦取締役の指示に基づいて、猪股が手形用紙に所要事項を記載して丙判を押し、かつ金額の下部に自己の印を押し、猪股の上司として経理庶務を担当していた安部武男が、帳簿等によつてそれを照合確認して手形金額の右肩部に認印し、その上で三浦が甲及び乙の印を押して手形を完成させていたこと、ただ三浦が出張その他の所要で外出不在の場合は、同人の指示を受けて、安部武男が預り保管する甲印及び乙印を前示のような手形に押印して手形を完成させることもあつたが、元々安部には控訴会社を代理して手形を振出す権限はなかつたこと、本件各手形は、安部が予ねて親しい間柄であつた第一金属の代表取締役芳山四郎から、第一金属の朝鮮貿易関係の資金を調達するため、融通手形の貸与方を頼まれ、右貿易によつて得た利益をもつて決済するという見通しもあつて、芳山の依頼に応じ、同人、第一金属の社員渡辺泰臣と共同の上三浦や野田勇に無断で権限なくして、約束手形用紙の振出人欄に、前示甲乙丙の印判を押し、その他所要事項を記載して、甲第一号証の一ないし三の約束手形三通の振出し記載を完成し、無権限で控訴会社となんら関係のない第一金属に交付したものであることが認められる。上記証拠のうち、この認定に副わない部分は採用しない。そうすると、甲第一号証の一ないし三の表面の記載は、偽造であることが明白である。甲第二号証の一ないし三第三号証の一、二は前示証拠によると、甲第一号証の一ないし三の各約束手形が、商業手形であることを装うために作成されたものですなわち甲第二号証の一ないし三と甲第三号証の一は、前示甲乙丙の印判を押して安部武男が偽造したもの、甲第三号証の二は内容虚偽の文書であることが認められるので、前示認定を動かし得るものではない。

三  ところで被控訴会社は、訴外安部武男が本件手形を振出したものとしても、当時同人は控訴会社の経理部長として、手形の振出し、同会社の前示甲乙丙の印判の保管等一切の経理事務を担当し、右職務の範囲においては、代理権限を与えられていたから、一面控訴会社は安部を経理部長として手形振出しの権限を授与したことを一般に表示したことになるとともに、他面本件手形振出し行為は代理権を超えてなされたものというべく、被控訴会社は安部に代理権があると信ずべき正当な理由があるから、控訴会社は本件手形振出人としての責を負わなければならないと主張する。

しかし約束手形が代理人によりその権限を超えて振出された場合、民法第一一〇条によつて、これを有効とするには振出人からの直接の受取人が、右代理人に振出しの権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るのであつて、かかる理由のないときはたとえその後受取人から裏書譲渡を受けた被裏書人が、右代理人が右代理人にかかる権限があるものと信ずべき正当の理由を有したとしても、同条を適用して振出名義人をして被裏書人に対し、手形上の責任を負担せしめうべきかぎりではないと解すべきところ、前認定のとおり、本件各手形は両手形の受取人と表示されている第一金属が安部から交付を受けたもので、被控訴会社が直接交付を受けたものではなく、被控訴会社は第一金属から裏書譲渡を受けたものであり、前示援用の証拠によれば、第一金属は安部が控訴会社を代理する権限があると信ずべき正当の理由を有しなかつたことが認められるので、たとえ、被控訴会社において、右の正当の理由を有したとしても、民法第一一〇条によつて控訴会社に本件手形振出人としての責任を負担せしめ得ないことが明白であり、また前示各証拠、原審証人飯田益雄の証言、当審証人安部武男の証言によつて成立を認める甲第四号証の二を合わせ考えると、本件手形振出しの当時、控訴会社本店には前認定の野田、三浦の取締役の外には六七名位の職員がいたに過ぎず部課長制度なく、したがつて経理部長という職制もなかつたが、三浦起生の勧めもあつたので安部は経理部長という名刺を使用し、控訴会社の職員から通常経理部長と呼称されていたことは認められるけれども、このことから直ちに控訴会社が安部に手形振出しの権限を授与したことを表示したとすることはできず、また前認定めとおり、三浦が出張不在などの場合にかぎり、一時甲乙の印を預り保管し、同人の指示を受けて手形に甲乙の印を押して手形を完成する行為をなしたことのある事実を参酌しても、本件において表見代理の規定の適用があるとは解されない。

よつて被控訴会社の前示主張は理由がない。

四  よつて被控訴会社の不法行為に基く損害賠償の請求について判断する。

安部武男が本件各手形の振出し交付当時、控訴会社の庶務及び経理を担当し、また控訴会社の手形振出しは、経理担当の猪股が手形用紙に所要事項を記載して丙判を押し、これに三浦が甲乙印を押しさえすれば、手形が完成されるばかりに作成したものを、猪股の上司である安部がこれを照合確認して、手形金額の右肩部に認印すること及び三浦が出張不在などの場合は、甲乙印を預り保管し予じめ三浦の指示する所に従つて前示猪股の作成した手形に甲乙印を押捺することを職務としたことは前示認定のとおりである以上、本件手形の振出し交付は安部武男が控訴会社の事業の執行につきなされたものといわなければならない。しかして(証拠)を綜合すれば、被控訴会社は、昭和三三年一月渡辺泰臣を介して第一金属から甲第一号証の一の手形の割引による貸金の申込みを受けたので、念のため同月二四日頃自己の取引銀行でありかつ、同手形の支払場所である肥後銀行福岡支店及び控訴会社並びに被控訴会社双方の取引銀行である株式会社三和銀行天神町支店について、同手形に押されている甲乙の印丙の判の印影の真否を確かめたところ間違い旨の回答を得、なお前示肥後銀行福岡支店について、控訴会社の資力信用を調査したところ、信用資力がある旨の回答を得、また控訴会社の取締役飯田益雄をして控訴会社に右手形を持参しその真否を確かめさせたところ、同会社の経理部長という安部武男から、同会社の振出し手形に間違い旨の言明を得たので、同手形は控訴会社の振出しの商業手形に相違ないものと信じて、第一金属からこれが裏書譲渡を受けて同会社に金銭を貸与し、ついで甲第一号証の二、三の手形の割引き依頼を受けたがこれらは、甲第一号証の一及び前示調査の結果と対照して控訴会社の振出しの商業手形に間違いないものと信じて、各その裏書譲渡を受けて、第一金属に金銭を貸与したが、右貸付にあたり、被控訴会社は各手形金額から、振出日より満期までの月六分の割合により計算した金額を割引料として天引し、その残額を交付した。すなわち、甲第一号証の一の手形については、昭和三三年一月二五日に金七一、七一〇円を天引きした残額金四二八、二九〇円を、甲第一号証の二の手形については、同月中金八一、七一〇円を天引きした残額金四一八、二九〇円、甲第一号証の三の手形については、同年二月五日金一二九、八七九円を天引きした残額金六九五、一二一円を第一金属に交付したこと、被控訴人は前示のとおり支払呈示期限内に支払場所に呈示したが、支払いを拒絶され、しかも第一金属は右の手形金を償還しないし貸付金を支払う資力を有しないことが認められる。したがつて被控訴会社は右各貸付けの金員(右の残額金)相当の損害を被つたことが明らかであり、右損害は結局控訴会社の被用者である安部がその事業の執行につき被控訴会社に加えた損害というべきであるから、控訴会社は民法第七一五条によりこれが賠償をなす義務ありといわなければならない。ただし被控訴会社主張のように前示各手形金額相当の損害を被つたとすることはできない。

五、以下省略

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